
楽天グループが2500億円の個人向け社債を発行し、改めて資金調達の手段としての社債が話題になった。同グループは社債で得た資金をもとに、携帯電話事業の設備投資のほか、顧客獲得や端末購入などの運転資金とする予定だ。
また、ソフトバンクグループも最近、上限1兆5000億円で社債の発行登録枠を設定し、注目を浴びている。しかし、日本は欧米のように社債による資金調達はそれほど活発ではないと指摘するのは、神奈川大学経済学部経済学科の岩木宏道准教授だ。「日本の場合、格付けでいうとBBB未満の社債市場が未発達な点が欧米先進国との違いです」と解説する岩木氏に話を聞いた。
企業の資金調達の手段が多様化

――企業における資金調達の意義とその手法についてうかがいます。
岩木宏道氏(以下、岩木准教授) そもそも、企業の資金調達の目的は大きく分けて2つあります。一つは投資を行うための資金調達です。
具体的には工場建設、技術開発、あるいは企業買収をする目的でさまざまな手段を通じて投資し、結果として期待する成長に向け活動しています。2つ目は日々の運転資金のための資金調達です。たとえば、既存の工場運営していくためのランニングコスト、調達した原材料への支払いなどが挙げられるでしょう。
次に、資金調達の手法は、大きく分けて同様に2種類あり、負債と株式の発行を通じて行うものが存在します。負債でもさらに大きく分けて2つの種類が存在し、1つは銀行借入と社債という有価証券を発行して行う方式があります。2つ目は株式の発行を通じて資金調達を行う方法があります。なお、社債は募集形式により公募社債と私募社債に分かれ、市場規模などの観点からここでは社債を公募社債に絞って話をいたします。
――最近では資金調達の手段も多様化が見られます。
岩木准教授 既存の資金調達では無理であった事業が、資金調達の多様化で実現できるようになるかもしれません。
たとえばクラウドファンディングが今よりも普及していくと、これまでは受け入れにくいニッチなアイディアを理解してくれる投資家が前向きになり、事業化の可能性も見えてきます。企業側からすると資金調達の多様化は事業の成長性を促すことになります。
これまで既存の金融機関、つまりメガバンク、地方銀行、信用金庫などの対面説明で融資を要請してきたケースが多い。しかし、金融機関は融資をする代わりに、不動産・土地家屋などの担保も要求してきました。
新たなアイディアを全国の方々にアピールし、個人が支援することで実現したプロジェクトも生まれてくることは地方の活性化にもつながると期待しています。
柔軟性を求める企業は社債を好む傾向

――それでは企業は上場企業以外ほぼ「銀行借入」と「社債」による資金調達が多いですが、この理由についてはどうでしょうか。
岩木准教授 まず、銀行借入と社債という一見すると根本的には通称“借金”である点で経済的効果としては同じに見えます。
しかし異なる種類の負債を用いる理由を押さえる必要があります。いくつか事例を挙げると、1点目は担保です。一般的に市場で流通する社債は今や無担保が支配的でありますが、銀行は貸出を保全するための担保を求める傾向が強いです。
2点目は所有構造。社債は不特定多数が発行当初から保有していることを前提としますが、銀行融資は多くの場合、協調融資もありますが1つの融資に対して1つの銀行が提供するでしょう。他にも違いがありますが、この2点についてだけでも、柔軟性を求める企業は無担保であることが多い社債を好むでしょう。逆に銀行と密接な関係を維持し、そこに便益を感じる企業は銀行融資を選ぶことが推測されます。
――それではこの「銀行借入」と「社債」の企業への影響の違いとはどこにありますか。
岩木准教授 銀行は自らがリスクを背負って融資するため、当該企業へ情報を深く探る必要が出てきます。逆に他から見えない企業の価値を見出し、融資を実行することで収益機会を獲得できるメリットがあるのです。
この観点では例えば創業間もなく一般的には信用がない企業でも、銀行とのリレーションシップを通じて信頼を得て、より大きな額の融資を相対的に低金利で受けられる可能性があります。銀行は当初から見込んでいた企業に対しては少額での融資に留まっていましたが、成長することにより、大規模な融資を実行でき、より大きな収益を確保できるようになります。
社債はこの判断はせず、通常、格付け会社は「倒産確率」という観点を主に重視して格付けし、社債投資家はその格付けを用いて投資実行するため、先ほど述べたような銀行融資のスタイルを採用することは困難です。
一方、企業が成長し、大規模な資金調達を速やかに実行するという、柔軟性が求められる場面では、比較的定型化された社債発行の方が企業運営上好まれる傾向が強まります。企業が仮に成長しても、銀行視点では十分に貸し付けているため、「これ以上の融資はできない」と判断するか、銀行独自の事情で融資に後ろ向きになる場合もあるのです。
しかし、企業側にはこの融資が実現できれば大きく成長する局面があります。例えば、特定の業界で、ある技術開発を実現すれば強烈なインパクトをもたらすヒントを思いつくとしましょう。そこで企業は銀行に融資を申し出ますが、銀行がそのインパクトを理解できず、融資を実行しない可能性があります。
それに対し、社債市場は世界中の投資家を相手に募集するため、企業が求める条件に合致した形で社債発行ができる可能性が高まります。そうなるとこの技術開発について金融機関は理解できなくとも、社債投資家の一部は理解する可能性があり、これまでよりも大胆に応募することは十分に考えられるのです。結果として、成長スピードという観点では社債発行する企業に有利に働く場合も生じます。
楽天やソフトバンクGの発行で注目された社債

――最近、楽天が個人向け社債を発行して、話題になりましたね。
岩木准教授 楽天グループと行動様式が共通しているソフトバンクグループも、当時の北尾吉孝氏(SBIホールディングス代表取締役会長兼社長兼CEO)が主導して、銀行融資にとどまらず、合計で約5000億円規模の社債を発行しています。その多額な資金調達により、後のソフトバンクグループの成長を促したといえます。
今、楽天グループもその局面に立っているかもしれません。そこで大規模な社債発行による資金調達を断行した可能性があります。
楽天グループは全社挙げてモバイル事業の拡大を展開していますが、銀行目線では、「担保はどうする」と判断し、資金調達は容易ではなかったと推察できます。しかし、楽天グループを独自の目線で判断できる個人投資家が支持してくれれば、銀行の目線をはるかに超えた資金調達を実行でき、楽天グループやそれを支持する個人投資家の立場では合理性のある判断を下したといえます。

――こうした企業の負債市場で日本と他の先進国で大きな違いはどこにありますか。
岩木准教授 日本の負債市場で他の先進国と最も異なる点は、日本の場合、格付けでいうとBBB未満の社債市場(通称「低格付け社債」もしくは「ジャンク社債」市場)が未発達であることです。
一応、2019年に日本初の低格付け社債が発行されましたが、その後も活発とはいえません。一方、他の先進国、具体的にはアメリカや欧州、主要国として中国も含めれば低格付け社債は社債市場としてしっかりと組み込まれた一大市場を形成しています。
この状況が続いている理由としては日本では1940年以降の銀行中心の金融システムが戦後も長く続き、銀行融資の市場支配力が大きい点が挙げられます。具体的には、低格付け社債の発行を検討しても、もっと有利な条件の銀行融資を受けられる可能性が高い点も挙げられます。また、そもそも低格付け社債市場が存在しないため、投資家としても一度社債を保有しても売る場面で困ることも挙げられます。
無担保社債の発行を禁止する「社債浄化運動」が現在でも影響
――日本の社債市場はなぜ他の先進国と比較し、発展しなかったのでしょうか。
岩木准教授 第二次世界大戦前の経済統制が強化される頃にさかのぼります。この時期に、昭和恐慌の影響で社債ディフォルトが続出したことに対応し、無担保社債の発行を禁止する「社債浄化運動」が活発になりました。これが社債をなるべく投資市場から退場させる動きにつながり、戦時体制でも銀行経由の資金供給を強化する政策を採用したのです。
戦後復興でも重厚長大産業に集中的に資金供給を行う経済政策の下で銀行を経由した間接金融を重視し、引き続き厳格に社債発行を規制してきました。電力会社など優良企業以外、社債は発行できなかったのです。社債発行規制自体は1996年に廃止しましたが、すでに1940年から続く金融体制として根付いた銀行中心の金融システムに変化を起こすことはそう簡単ではなさそうです。
アメリカでは社債の帝王が改革
――アメリカはなぜ発展したのでしょうか。
岩木准教授 実はアメリカの70~80年代の金融業界も日本と同様保守的でした。そのような中で アメリカの証券会社の債券部門に在籍していたマイケル・ロバート・ミルケン氏が低格付け社債に目をつけ、これを発展させれば金融の革命になると考えていました。成長著しい企業や買収意欲のある企業に社債を発行してもらい、投資家に購入を促し、そして自社では手数料を獲得するという三方よしのビジネスを生み出したのです。
アメリカでは低格付け社債の帝王が誕生したため、金融界の体制も変わったのです。日本は、社債市場でもそこまでリスクを取って体制を変えるカルチャーはありません。日米は文化やマインドの違いから、社債市場で大きな差が生まれたのかもしれません。
――銀行依存型企業と社債市場にアクセスできる企業の違いがありそうですね。
岩木准教授 銀行依存型企業は公募社債という手段を使えず、結果として負債調達は銀行融資に頼ります。このような企業は銀行とのよいリレーションシップを築くことが非常に重要となるのです。企業にとって銀行はよいサポーター的存在になりますが、メインバンクの融資判断により企業戦略が大きく影響することも覚悟しなければなりません。
一方、社債アクセスがある企業は、仮に今までの社債投資家から支持が得られない新たな企業戦略であっても、世界中の社債投資家から募集することで当該戦略のための社債発行を実現する可能性が高まるでしょう。このように、企業の経営の柔軟性を高める場合も多くなりそうです。
社債が企業の成長を爆発的に促進する効果も

――社債市場を活発にすることは金融市場にとって良いことだとお考えですか。
岩木准教授 まず社債は当然のことながら、返済されないもしくは減額されて返済されるなどのリスクはあります。しかしこれはほかの金融商品にも当てはまることです。
先ほどのクラウドファンディングの事例のように、よりアグレッシブに成長する企業にとっては、銀行に何か月もかけて融資を要請するのであれば、実はタイミングとしては遅いのではないでしょうか。
もし、マイケル・ロバート・ミルケン氏のようなリスクを恐れず購入する証券会社が生まれ、バックに購入する投資家がいれば、スタートアップ企業にとってはより成長スピードは速まることは間違いないと考えています。
――日本にGAFAMのような巨大テック企業が誕生しなかったのは、社債市場の未発達も原因の一つだと思うようになりました。
岩木准教授 私は本気でそう考えています。たとえばアマゾンはずっと赤字続きでした。しかし、誤解してほしくないことは赤字だから企業価値はゼロではなく、将来確保できるキャッシュフローの価値自体が企業価値ですから、市場はそれをもとに企業の時価総額を計算しています。
ところが銀行目線では、「赤字企業には貸せない」で話が終わります。GAFAのような巨額テック企業が有望な部門に投資し、人材も世界中から集めれば、初期投資は大きくかかります。しかし、社債投資家という存在が彼らを応援し、豊富な資金調達により、企業買収を促進させるような「レバレッジドバイアウト」という手法を使う成長手法については、銀行は慣れていないのかもしれません。そこで社債をうまく活用することが不可欠です。これから市場目線での投資家にとっては市場メカニズムに組み込まれている社債の活用は、必要になってくるのです。
新NISAでの成長投資枠での活用に期待
――どのような施策が社債市場を活性化できますでしょうか。
岩木准教授 もし社債市場が整えば、テック企業にとっては爆発的な成長を促すことに繋がります。
日本で社債発行市場を活発にするという問いは、つまるところ未成熟な低格付け社債市場をいかに活性化させるかということとイコールといえます。
日本では1990年代後半から金融ビッグバンという呼称の下、政府は一貫して、「貯蓄から投資へ」というスローガンを掲げてきました。一般的には個人投資家を株式市場に誘導する施策と認識されております。
しかしそれでは不十分なのです。今まで貯蓄に励んできた国民の資産を性質が全く異なる株式資産で代替することはある意味では的を外していると考えます。その点で、株式より一般的にリスクが限定的となると想定される低格付け社債に投資信託などを通じて個人資金を呼び込むことで市場への資金供給が増えます。
結果として市場の厚みが増すことで企業の発行や機関投資家の参加も増えるであろうと考えます。IDECOやNISAといった商品は税制優遇で非常にうまくいっているパターン だと思いますが、もし国策として社債市場を活性化させるという方針を取る場合、ある期間は税制優遇などの措置をとって低格付け社債市場を含む社債市場に資金を振り向ける政策があってもよいかもしれません。
――新NISAが来年から誕生します。そこで年間240万円を投資できる「成長投資枠」に期待が集まっています。現在では、高レバレッジ型や毎月分配型の投資信託は対象にならないとの報道がありますが、この低格付け社債を盛り込んだ投資信託が実現すれば、対象になってもよいのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
岩木准教授 これは条件を緩和して、低格付け社債市場が企業の成長につながると拡大解釈し、企業の資金調達の範囲を広げるにも、例外的に認めてもよいと考えています。
神奈川大学 経済学部経済学科 岩木宏道(イワキ ヒロミチ)准教授
2016年3月一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了、博士(商学)取得。2017年4月から2022年3月まで大東文化大学経済学部専任講師をつとめ、2022年4月から現職。その間、2018年7月から 2019年7月まで金融庁 金融研究センター特別研究員もつとめた。
神奈川大学:https://kenkyu.kanagawa-u.ac.jp/kuhp/KgApp?kyoinId=ymdmgkoyggy
researchmap:https://researchmap.jp/hiromichi
HP:https://hiromichiiwaki.wixsite.com/personal